未来の視点から遊牧地域再生を目指す

社会
41@montsame.mn
2017-10-23 13:00:00
 阪大学グローバルイニシアティブ・センター 思沁夫
 
 モンゴル国ウブルハンガイ県には、中部ゴビ県、南ゴビ県を またぐ全長437kmのオンギー川 が流れている。オンギー川は南 ゴビ地域に到達する希少な川で あり、地域の生態環境、遊牧生 活を支えているが、異常気象や 鉱山開発などによって汚染、断 流し、深刻な環境問題に直面し ていた。
 そこで私は10年前に初めてオ ンギー川に出会ってから、地域 の人々とともに川流域における 水源域の鉱山開発阻止、環境教 育の導入や教材開発に取り組ん できた。また近年は、りそなアジアオセアニア財団の助成事業 の一環として、オンギー川の 両岸約5kmに渡って生息する、 ツァガンボルガソの植林と保護、保護区域の拡大を目指してきた。ツァガンボルガソとは、 地域の固有種である白い柳であ る。現地ではその生息域もツァガンボルガソと呼ばれ、ウブルハンガイ県のアルバイヘール (県庁所在地)から東北に33km 離れた、ズーン・バヤン・ウラ ーン・ソムとタラグト・ソム のちょうど境界付近に分布して いる。ツァガンボルガソはオンギー川の水質保全、地域の生物多様性にとって重要な役割を担っているため、2000年以降、シ ョンホル・ネルグイ氏を中心とした、民間の遊牧民環境保護組合によって管理・保護されてきた。ツァガンボルガソは環境保護区域だけでなく、日蒙友好・ 国際交流の拠点でもある。2012 年に大学生の海外体験型学習 (以下、「フィールドスタディ」と表記する)がスタート し、これまでモンゴルと日本の学生合わせて25名が参加した。 学生たちはこれまでに地域の課 題、とりわけ持続可能な遊牧や環境のあり方について地域の人々とともに考えてきた。 
 今年のフィールドスタディで は、①水資源の利用,②遊牧民家庭の自然災害(以下、「ゾ ド」と表記する)の被害状況および対策に関する調査、③5年後のウブルハンガイ県について地域の若者と意見交換を行うことにした(テーマ、内容、参加者については、図を参照)。学生は①と②の活動および調査を行う班に分かれ、活動内容は随時共有しあいながら、最後に③ 意見交換会で成果を報告する。

モンゴルで水車?
 モンゴルでは石炭、石油、天 然ガス、銅など鉱物資源だけで なく、太陽光、風力、水力など 自然エネルギーもあり、それら の利用価値および利用可能性は 高いと思われる。今年のフィー ルドスタディでは、水利用によ って電力供給や地域観光に貢献 できるのではないかと考えた。
 モンゴル出発前、モンゴルと 水車に関する基礎的な知識や情 報を習得し、設計と試作を行う という手順で準備を進めた。な お、水車を設計する上で意識し たのが、設置予定のオンギー川の流速、川底の状態、水深のほ か、可搬性、現地での組み立て および分解、管理のしやすさで ある。
 

オンギー川に設置された水車(中央)。名前は「東 大丸」(右側、東京大学の大学院生が製作)と「阪大 丸」(左側、大阪大学の学生、院生が製作)である。 水車製作、設置に尽力した学生たち(上) 学生の背後には水力発電によって照らされた 電飾(発光ダイオード)が輝く。
 これはモンゴルでおそらく初 めての試みであろう。学生た ちは現地で水車を組み立て、オ ンギー川に設置した(写真1を 参照)。季節は夏、8月と言えど、気温が10度にも満たない日 もあった。現地の人々も冷た い川の中での作業を見守ってく れていた。川底が石であったた め、多少水車が傾き、不安定 なようにみえるが、水車の羽に 十分な速度で水が当たり、水車 の回転数は26回/分となり、古 いツァガンボルガソに被せられ た、全部で58個の電飾を発光さ せることができた。暗闇の中で 輝く姿は、まるで季節外れのク リスマスツリーのようであり、 草原の星空よりもまぶしいくら いだった。ネルグイ氏の報告に よると、これまでに100人近く の人々がツァガンボルガソへ水 車見学に訪れているという。 水車は工業製品ではない。だ からこそ、学生たちで水車を製 作、設置できた。また、学生の 取り組みから、地域の状況や利 用目的に応じて金属、木材、プ ラスチックなど様々な材料でデ ザインし、形態を変更できるこ とも示された。今回の水車導 入は環境保護だけでなく、ツ ァガンボルガソの支援と教育面 でも重要な意味があった。つま り、ツァガンボルガソのキャン プ地で水車を見学し、光を楽し む人々が増加することで、キャンプ地の収入増加が期待されるほか、地域のニーズや条件に応じ、必要な技術を自ら利用する 適正技術の実践事例を示すこと ができればと思っている。
 

遊牧民とゾド

 もうひとつの学生班は、ツァガンボルガソ周辺のソムに暮らす、家畜頭数の比較的少ない家 庭から多い家庭まで、遊牧民3 世帯のゲルを訪問した。家族構 成、日常生活の様子や放牧、肉 や乳製品以外の収入源のほか越 冬用飼料の所有状況、特に2009 年~2010年にかけて全国規模で 発生したゾドによる影響や対応 について聞き取り調査を行った


(写真2を参照。 インタビューの結果から、ゾドの遊牧民に与える影響は深刻オンギー川に設置された水車(中央)。名前は「東 大丸」(右側、東京大学の大学院生が製作)と「阪大丸」(左側、大阪大学の学生、院生が製作)である。 水車製作、設置に尽力した学生たち(上) 学生の背後には水力発電によって照らされた 電飾(発光ダイオード)が輝く。
化しており、家庭と個人を中心 としてゾドに対応していること が理解できた。また、モンゴル の家畜頭数は増減を繰り返しな がら全体的に増加傾向にあるも のの、非常に不安定であるた め、生業や家計に影響を及ぼし ていた。ゾドで家畜を失えば、 遊牧民は街に出稼ぎに行くか、 あるいは鉱山開発者となりうる ことも分かった。 2017年はモンゴルで「60年ぶ りの異常気象」と言われ、ウブ ルハンガイ県は非常に雨が少な い夏を迎えていた。自然環境の 状態や変化にいかに順応しなが ら生きるべきか、ゾドの影響と 対策を個人や地域の問題として 捉えるのではなく、モンゴル国 の経済や社会の重要課題のひと つとして考えなければならない だろう。現在、学生たちは収集 データを分析中であるが、最終 的にはゾド対応に関する提案を 示すことができればと思う。

5年後のウブルハンガイ県
 今回の調査研究期間は短く、 収集資料や分析など至らぬ点も 多いと思われるが、これまでの フィールドスタディと同様、調 査の成果は現地に還元すること とした。今回、学生たちは遊牧 民家庭へのヒアリング調査から 明らかとなった現状より課題を 抽出し、その解決方法と5年後 のウブルハンガイ県の姿を実現 するための方法を考えた(これをVPSモデルと言う)。適正技術の応用、ゾド対策など、実践を重視したフィールドスタディ を行ったため、地域のための人材育成機関(ウブルハンガイ県アルバイヘールの労働生産訓練センター)において意見交換会を開催することにした。夏休みにもかかわらず、当日はセンターの教員および学生を中心に10名ほどお集まりいただいた(写真3を参照)。



意見交換会では、学生たちは遊牧文化を継承し、自然環境を保護・保全する「持続可能な遊 牧生活」をビジョンに掲げ、目指すことを提案した。まず、今後もモンゴルで遊牧生活を持続するためには、遊牧がビジネスとして成り立ち、安定的な生活が送れること、さらに労働力( 後継者)がいることが理想的であると想定した。次に「A:市場 のニーズに対応できる」,「B: 災害への対応力がある」,「C: 都市および遊牧地域における教 育が両立できる」,「D: 遊牧生活が快適である」ことで以上の理想が実現されると考えた。 さらに、ここで述べたビジョンと現状を比較し、A~Dがなぜ満たされていないのか、それぞれの課題を抽出し、考え得る解 決策を提示した。その解決策とは、A:中央市場および遊牧民 バンクの設置,B:越冬用飼料と 現金収入の確保,C: 学校の増 加、寮制度の整備、通信教育の 発達、スクールバスの導入,D: 水洗式トイレ、組み上げ式ポン プの導入が挙げられた。ここからさらに解決策が有効性および 妥当性、また解決策がもたらす 影響を検証したほか、実現に至 るまでのプロセスや対策の優先 順位付けも発表した。 最後に参加者から様々なご意見・ご感想を頂戴したが、 に解決策に対する意見が多かった。例えば、家畜頭数(量)で はなく、家畜の状態(質)がより重要であり、向上させる必要 のあること、また、教育も同様に、現在の教育の質を高めることが重要など、モンゴルの現状に即した新たな提案が出された。フィールドスタディの参加学生のなかには、勉強不足なこともあり、モンゴルの現状を十分に反映できていない意見・感想があったかもしれない。しかし、モンゴルの人々との交流と信頼関係を育むことは、現地において明らかに良い影響と刺激 を与えている。ネルグイさんの 言葉であるが、「フィールドス タディはツァガンボルガソ周辺 の夏の風物詩」である。現地で 汗を流し、一所懸命に行動する学生の姿をモンゴルの若者に見てもらいたい。また互いに良き 友となり、共に未来を歩んでほ しいと思う。
 
 
 
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