モンゴルに戻る恐竜の化石

特集
bolormaa@montsame.gov.mn
2022-01-30 10:19:47


歴史を辿れば、世界中で330種以上の恐竜が生息していたという。これまで見つかった化石の16%近くがモンゴルのゴビ砂漠で発見されており、その数は年々増えている。モンゴルは、アメリカ、中国、カナダ、アルゼンチンと並んで恐竜の化石が多く見つかる地域である。モンゴルの領土で見つかった恐竜の化石は、14550万年から6550万年前の白亜紀のものがほとんどである。過去に、モンゴルで発掘された化石の多くは、海外に密輸され、違法に販売されていた。1990年代以降の社会の混乱時期に、私たちの過失により失われたものも多くある。

2010年以降、モンゴル政府は他国と協力し、盗まれた化石を戻すために取り組んできた。2013年に米国から23頭の恐竜の化石を、さらに20164月、米国から7頭の、ベルギーから1頭の恐竜の化石が返還された。その中で、ティラノサウルス・バタールの帰国が有名である。

恐竜化石の返還には、モンゴルの古生物学者や歴史科学者たちの功績が認められるが、その中でも、ミンジン・ボロルツェツェグ古生物学者、いわゆる恐竜博士である彼女の貢献が大きかった。ボロルツェツェグ博士は「モンゴル恐竜研究所」NGOの所長を務め、その傍ら米国自然史博物館とナショナル・ジオグラフィック協会の契約研究員として実績をあげている。今回は、多忙なボロルツェツェグ恐竜博士との貴重な談話をお届けする。



――ボロルツェツェグさんのお父さんはモンゴルの最初の古生物学者の一人だと聞きました。子どもの頃からお父さんの職業に興味がありましたか?

私は社会主義時代に育ちました。都会で生まれましたが、子どもの頃は自然が大好きでした。夏休みなどでは田舎に行くのが大好きで、田舎の子どもたちにひそかに嫉妬していました。あなたが言った通り、私の父はモンゴルの最初の古生物学者の一人でした。父が仕事でしょっちゅう田舎へいくので、出来れば一緒に行きたいとこっそりと思っていました。父は、ソビエト連邦とモンゴルの地質学者、古生物学者の合同遠征によく参加していました。父は何故毎年行くのか、何をするのかなとずっと想像していました。父の職業に興味を持つにつれ、この職業を選ぶようになりました。

――あなたの最初の探検は大学院時代だったとか、当時は、女性でこの職業は大変なことがありましたか。

私たちの時代、地質工学者は男性の仕事であるという考えが社会で一般的でした。女性の専門家はほとんどいませんでした。おそらく、研究、発掘、そして重い岩石を運搬するし、田舎への長い旅が原因だと思います。しかし、私にとっては、それは自分で望んで愛していた職業でしたので、それほど難しくはありませんでした。

私はモンゴル科学技術大学大学院で修士号のために勉強していましたが、父がアメリカとモンゴルの合同遠征に私を誘ってくれました。これは私の最初の遠征でした。当時、モンゴルに古生物学者はほとんどいなかった時期です。

最初はチームの要求に応じて、私はシェフとして働くことになりました。正直がっかりしましたが、とにかく経験を積みたいと思っていました。私はアメリカ人の研究者たちのやり方、研究の方法から学ぶチャンスだと思い、一生懸命料理もしたし、研究もしました。

当時、自分の考えや信念にこだわるのは正しいのだと感じていました。最初の遠征と調査作業が完了し、次の調査が開始された。その後、モンゴル側は私を調査に入れてくれませんでしたが、モンゴルにやってきたアメリカ人チーム側から、次の研究に参加するように言われました。それ以来、私は約6年間、チームと一緒にモンゴルで調査研究を行いました。そして、アメリカに来て、自然史博物館で働き、ニューヨーク大学で博士号を取得することができました。その後、モンタナ大学でポスドク研究員として働き、今は准教授になりました。

私の研究対象は主にモンゴルのフィールド資料です。しかし、モンゴルのフィールド資料を入手するには事務プロセス的な課題がたくさんあり、ここに来て難題だと思うようになりました。本来なら、研究実績を一般に公開し、誰もがアクセス出来るようにする必要があると思います。モンゴルに帰国し、研究を進めたいが、調査機械などの問題もあるのでアメリカに滞在しています。科学者になるまでの道のりは長いですが、この知識と経験をモンゴルの若者といつか共有したいと思っています。

――これまでの恐竜の化石に関わる情報が一般に向けて公開され、誰もがアクセ出来るようにする必要があると話されましたが、おそらくこの点で、母国であるモンゴルに「モンゴル恐竜研究所」を設立しましたか。設立した目的について教えて下さい。

私は海外に住んで働いていますが、科学者や研究者として、自国の科学発展のために貢献する必要があると思っています。モンゴル恐竜研究所は、私がは古生物学者である無しに関係なく、恐竜の化石に関わる情報にアクセスできる方法、モンゴルで発掘する価値のある場所を教えています。私たちは次世代の恐竜博士を育てるためにもたくさんの取り組みをしています。特に恐竜化石についての講座があり、2歳から80歳までの興味のある人なら誰でも参加できる。最初の頃は、私たちは田舎や地方を巡り講座を開いていましたが、今は移動博物館をバスの中に作りました。そして、恐竜博物館の建設を計画しています。博物館をウムヌゴビ県ブルガン郡バヤンザグ遺跡に建設する予定です。モンゴルで最初の恐竜の化石は、100年前にウムヌゴビ県ブルガン郡バヤンザグで発見されました。今後もたくさんの化石が見つかると思うし、その地域を保護する目的でもあります。恐竜の歴史はモンゴルにとっても重要な歴史であり、これまでの研究蓄積が次世代にも受け継がれていくことこそが、海外に密輸され、違法に販売される事を防ぐと思います。


――このNGOとは別に、あなたの功績は、モンゴルから密輸された恐竜化石の返還に大いに寄与していることだと思います。私たちが知る限り、ティラノサウルス・バタールの帰国は世界中のメディアで大きく取り上げられました。これについて詳しく教えて下さい。

2012年、私はニューヨークでの昼食時に「タルボサウルス・バタール」のオークション情報を初めてみました。その後、オンラインオークション情報やその他の調査研究を行いました。オークションでは「ティラノサウルス・バタール」と呼ばれていましたが、正式名称は「タルボサウルス・バタール」です。当時のモンゴルのツェデブダンバ・オユンゲレル元文化スポーツ観光大臣にその旨を伝えた後、モンゴル国を代表して訴訟を起こし、競売停止に向けて取り組みました。調査中に、バタールの事件に関与したアメリカ人は、モンゴルから化石の違法密輸を繰り返し、イギリスに住む彼の共犯者から約17個の化石が見つかりました。米国政府はこのプロセスに非常に積極的であり、多くの費用を負担してくれました。私はまだ米国国土安全保障省および法執行機関と協力して、違法な遺物を本国に送還されるように努めています。私はこの業界で30年以上働いています。モンゴルの恐竜は化石になってもすぐ分かります。

モンゴルは1990年以来、貴重な遺物を大量に失っています。私たちは、30年間、恐竜の化石がある事も、失ってことをも知りませんでした。タルボサウルス・バタールは本当にその一つです。その化石以外にも他の分野においても多数あると思います。一般の人々は遺物についてほとんど知識を持っていない。しかし、これに注意を払ってくれたのがツェデブダンバ・オユンゲレル元文化スポーツ観光大臣でした。彼女はタルボサウルス・バタールの問題を非常に理解し、返還に係る数々の課題に真剣に取り組んでいました。私たちは文化遺産を取り戻す方法についても詳しく知ることが出来ました。タルボサウルス・バタールの返還は、違法に国外持ち出した文化遺産の返還にも希望があることを示すものになりました。

――これまでにモンゴルに返還された化石はいくつありますか。また、現在法執行機関などで調査しているものはありますか。

これまで、約50頭の恐竜の化石がモンゴルに返還されています。ただし、この数字は米国政府の公式の数字です。モンゴルには50頭以上の恐竜の化石が返還されていると思いますが、この数字は決して大きな数字ではなく、それ以上の化石が密輸されていると思います。数字などについては詳しく言えないが、米国政府の判断を待っているものや、訴訟を起こしているものもいくつかはあります。

―密輸された遺物の返還プロセスは、おそらく非常に難しいと思いますが、この仕事のやりがいはなんですか。

私はプロの古生物学者です。研究対象を自分の目で見、手で触り、そしてモンゴルの遺物を発見するというこの仕事に使命感を抱いています。私たちはこれまで貴重な歴史を沢山失いました。再び失う権利はありません。私たちには間違いを訂正する機会があります。私はニューヨークに住んでいるので、ニューヨークの米国国土安全保障部署に違法に見つかったすべての恐竜化石の文書をニューヨーク市に移したいと申し立てました。私のリクエストを非常に好評に受けとめられ、ニューヨーク市で全部保管されています。この事は私の仕事をはるかに楽にしました。この仕事は全部、ボランティアでしていますので、誰もが私に旅費をくれません。これからもモンゴルの化石を米国から持ち帰ることができる唯一のモンゴルの古生物学者として頑張りたいと思います。

――貴重な歴史的遺物や遺産は、国を表現するために重要だと思います。返還された遺物もそうですが、我が国の歴史的な遺物や遺産の保存、管理環境についてはどう思いますか。

モンゴル初の恐竜博物館は2013年に設立されました。それまで、自然歴史博物館に保存されていました。それぞれの文化遺産には、保存・保護に独自の基準があります。わが国では、この基準は十分に満たされていないところが沢山ある。国際基準を確立し、実施するには、人材も必要です。

――あなたはWings World Questやナショナル・ジオグラフィック協会から最優秀な若手科学者に選ばれました。選ばれた理由として何を考えていますか。

2009年にWings World Questの主要な女性科学者として選ばれました。そして、米国国立地理研究所であるナショナル・ジオグラフィック協会から最優秀な若手科学者として選ばれました。毎年10人が選定されていますが、特定されます。1万ドルの賞金が贈られました。賞金でウムヌゴビ県に最初の恐竜講座を開催しました。

大学を卒業して以来、私は自分の分野の発展に尽力してきました。私の研究実績とこれまでの社会ために貢献してきたことを認め、このような賞を下さったと思います。

――モンゴルの多くの若者があなたのように世界を舞台にして活躍したいと思っています。あなたから一言を言うと、、、。

一番大事なことは、自分の興味と関心を育てることです。成功している方々のアドバイスや自伝を読んだりする必要はありません。何故なら、人はそれぞれ自分のやり方や、方法があります。それらの全部が自分に合うとは限りません。自分から全てをやらないと始まりも成功もありません。成功は沢山の段階があってこそありで、それは自分の力で辿る道です。一番やりたいことをやりなさい。それに向けて、一方でも進むことが大事です。

――あなたの今後の目標はなんですか?

モンゴルに世界基準の恐竜博物館を建設したいです。そのために、次世代を担う古生物学者や専門家を育成し、世界クラスの知識を提供します。そしてもちろん、私たちは母国モンゴルの科学発展に貢献し続けます。



モンゴルの恐竜化石はモンゴルだけではなく全人類の宝であり、歴史です。盗掘された化石は詳細な産出地、産出状況、層準など研究に必要な情報がすべてなくなっているため、調査及び研究することが非常に困難です。世界的に活躍するほんの一握りの卓越した研究者であるボロルツエツグ博士の今後の活躍を期待しています。




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