迫りくる大気汚染の季節を前に 「煙突のない住宅」を提案!

社会
naranchimeg@montsame.mn
2018-10-17 10:23:34

都市計画家B.バットボルド博士:太陽熱を取り入れた、環境に優しい低コスト住宅です


 成長発展するモンゴル国の首都ウランバートル(赤い英雄の意)が、“オターンバートル”(煙の英雄)と揶揄されて久しい。冬が来るたびに市民は臭い大気汚染に悩まされ、健康を害されている。これまでに様々な調査や提案、取組みが試みられてきたが一向にその成果があがっていない。それほど厄介な都市問題に、アメリカ(UCLA)と北海道大学で都市建築学を学び、修士、博士号を取得したモンゴル人の都市計画家が、母国の大気汚染撲滅のため、「煙突のない住宅」という斬新な提案で一石を投じようとしている。数年前、財務省傘下で実施した、「グダムジプロジェクト」(道路交通プロジェクト)で手腕を発揮し、「北極星勲章」受章で高く評価されたバットボルド氏(55歳)に、「煙突のない住宅計画」について聞いてみたいとインタビューした。


――ウランバートル大気汚染の主な発生源はなんですか?

 石炭火力発電所や地域暖房ボイラー施設、石炭温水ヒーター、自動車排ガスなど色々ありますが、なんといっても最大の発生源は85%以上の比率を占める、石炭ストーブから出る二酸化炭素や窒素化合物です。ゲル地区が石炭を燃やす季節が訪れると、街は灰色の煙で覆われます。2013年の世界保健機関(WHO)の大気汚染調査で、モンゴルは中国を抜いて世界最悪となった。今や、ウランバートルのゲル地区26万戸から出る石炭の煙だけでなく、地方都市にまで大気汚染は拡大しています。


――今回、画期的な提案をされていますが、その内容をご紹介ください。

 1年に280日以上晴れた日のある緯度の高い国であるモンゴルの太陽の暖かさを利用するのです。このモデルハウス(写真参照)には、2人の子どもがいる女性に1年間試験的に住んでもらって好意的な意見を頂いています。このプロジェクトは、住宅の間取りから素材や建設までにおける技術的な提案だけではなく、ゲル地区の居住者たちにこれからの新しい「ライフスタイル」を提案するのが目的です。建物の南側に全面トリプルガラス張りの壁を作り(2か所は開閉自由)、部屋の奥まで太陽熱(特に冬における低い位置の)を取り込み、断熱効果を高めることで電気代を節約し、今までゲル地区では考えられなかった、ストーブのない生活をします。この暖かい熱を貯め込むだけで昼間は十分。夜や早朝にかけて寒くなると、短時間だけ電気ストーブを使いますが、夜9時から朝6時までは無料電気を利用します。これがストーブの要らない「新しい生活スタイル」です。外には5本の落葉樹を植え、屋根からの雨水を貯めるタンクを置き、その木に水やりをします。夏は日陰を作り、冬は葉っぱが落ちてたっぷりの太陽光を部屋に注ぎます。また、アパート生活者があまりできないゼロウエイストを目的にした、生ゴミのコンポーストなどを基準に提案しています。家の建築材料は、大気汚染防止対策の企画に賛同した各専門の企業が、安くて品質の良い材料を提供してくれました。合計22社がこのプロジェクトにボランティアで参加しました。64平米で建設コストは3500万tgです。同じ面積の一般高層住宅なら、この3倍の費用が掛かりますよ。低所得者の多いゲル地区では、こうした安い費用の家でも、問い合わせで一番多いのが「住宅ローンが付きますか」ということでした。これには政府の協力、支援が必要。過去にやっていた8%の住宅ローンを復活させ、5年や10年で返済できる短期ローンを作ってほしい。煙の出ない住宅によって大気汚染は大幅に減少するのです。


――住宅ローンは銀行の協力で出来ないのですか?

 今、国際連合一貫のグリーンローンという国際機関にこのプロジェクトを申請しており、安いローンが承認されるようになっています。いずれ、これが活用されればいいのですが。現状では政府の施策が待たれます。また、中央ゴビ県の地方政権から補助金を受けて、一軒の煙突なしの住宅建設しています。村の居住者たちには、このタイプの住宅が非常に好まれています。


――幼稚園や学校、あるいは病院、警察署、コンビニなど公共性の高い建物に、煙突のない住宅が採用されればいいですね。

 仰る通りゲル地区に商業施設や公共施設を「煙突なし」の建物にする提案もしています。(写真参照)それには宣伝が行き渡り、この良さを知ってもらう必要があります。私達のプロジェクトは将来のあるべき姿として、その方向を目指しています。ゲル地区に建てられる商業施設や公共施設がコンクリート構造の建設が多いですがこのよう重機や鉄筋構造ではない建設タイプを採用することによってコストダウンすることができます。


――バットボルドさんの都市計画専門家としてのこれまでの歩みを簡単にお話ください。

 北海道大学で2001年に博士号を取得し、日本で「日建設計」という大手企業で1年半働いて多くのことを学びました。その時からパッシブハウス、太陽の熱を合理的に利用する研究を行い始めてから15年立ちました。米国と日本で10年勉強した後、2003年にモンゴルへ戻り、建設都市開発省の調整局の局長として3年半働きました。その後、建設ビジネスをやってみました。当時、ローコストの住宅で、スタジオタイプの集合住宅はまだモンゴルにはなかった。2007年に350戸を建設しましたが、経済成長がめざましい時でしたので、よく売れました。その後の2013年から「グダムジプロジェクト」で道路事情を大きく改善発展させることが出来た経験は、私にとって大きかったです。




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